調べるほどに分からなくなる熱中症対策 塩を摂る必要はあるのか
熱中症予防にはこまめな水分補給が重要。たくさん汗をかいたら塩分も補給するよう書かれているのをよく目にします。
熱中症対策に水分だけでなく塩分が必要になる理由は、汗と共に出てしまった電解質を補給するため。水分だけが増えると電解質のバランスが崩れ、体調が悪化する可能性が生じます。
たとえば環境省の熱中症予防啓発用リーフレットにはこう書かれています。
*汗をかいた時には塩分の補給も忘れずに
たくさん汗をかいた時には電解質が必要となるのは確かです。「熱中症診断ガイドライン」には、自宅でもできる経口補水液の作り方も書かれています。
熱中症になった時に電解質を与えるべきなのははっきりしています。しかし、「予防」の場合はどいういう条件でどの程度飲むべきか、飲ませるべきか。その量は示されていません。
にもかかわらず、熱中症対策には「塩分を摂るべき」といった事実だけが独り歩きしているように感じられます。
日本人は塩分を摂りすぎている
塩分の適正摂取量についてはは諸説ありますが、世界保健機関(WHO)は、すべての成人の塩分摂取量の目標を5gとしています。
日本では「日本人の食事摂取基準(2015 年版)」の目標値は、男性:8.0g 未満 女性:7.0g 未満としています。日本高血圧学会では1日6g未満の減塩を推奨しています。
- WHO - 5.0g
- 日本の食事摂取基準(2015) ー 男性:8.0g 未満 女性:7.0g 未満
- 日本高血圧学会 ー 1日6g未満
それに対し、日本人の食塩摂取量の平均値は、2015年では男性11.0g、女性9.2g。
日本人は大幅な塩分過剰摂取と言っていい状態です。
高血圧学会でも、汗を大量にかいた場合を例外として、夏でも塩分摂取を増やすことは通常は必要ないとしています。
WHOの推奨値を考慮するのなら、男性なら6g、女性でも4.2g分の塩分を失っても大丈夫なはず。なのに、なぜ熱中症になるのか。
熱中症になるのは「塩」が足りないからか
熱中症は、脱水状態に陥り 発汗 > 気化熱 による体温の調節ができなくなって発症します。熱中症対策として水分補給を促すのは、脱水状態に陥らせないため。
大塚製薬のサイトでは、体重の 1% ~ 2% 程度減少で軽度の脱水状態としています。体重60kg の人なら 600mL~1.2L。1リットル前後の水分を失うと経度の脱水状態と考えられます。
大量に失った水分を補給する際に、水だけだと体の中の電解質のバランスが崩れてしまう。そのため、塩分の補充が必要となります。
つまり一定以上の汗をかいた時には塩分を補給する必要はあります。しかし、その閾値は意外に高いようです。
通常、1.5時間未満の運動では水分補給は水で良いとされています。大量に汗をかく運動時等はスポーツドリンクから水分補給と共に塩分補給をする必要がありますが、最近よく目にする塩分入りの飴や塩を舐める必要はないと言えるでしょう。
(略)
現在とっている食塩量が多い現状と発汗から体外に出る塩分量を差し引くと、大量に汗をかく状況(1時間で1リットル以上の発汗を伴う運動を1時間以上実施)でない限り、塩分補給が必要では無い事がお分かりになるでしょう。
1リットルの基準は体重の1%~2%の減少とも合致し、1時間で体重が1㎏分減るほど汗をかけば電解質の補給が必要になるといった具合でしょう。
汗に含まれる塩分についても触れられています。
汗のかき方によって汗に含まれる塩分濃度は異なりますが、約0.3%とすると500mlの汗には約1.5g・1,000mlなら3gの塩分が体外に出ていると考えられます。
日常生活での発汗量であれば、塩分を食事以外でとる必要は無い量と言えます。
いわゆるスポーツドリンクには0.1~0.2%の塩分が入っているため、500mlのスポーツドリンクには0.5~1gの塩分が含まれている事になります。前出:生活の知恵を求めて
スポーツドリンクに含まれる塩の量は、汗で出る塩分よりは少なめ。熱中症になった時の水分補給用経口補水液には、スポーツドリンクの倍程度の塩分が含まれています。
短時間に1リットルの汗をかき、1リットルの水だけを飲めばバランスが崩れるのは明らか。そのため電解質が必要になるのは当然です。しかし、トータルで考えると、先に見たように日本人は塩分過剰摂取状態。3グラム減ってもまだ過剰な状態のはずです。
体質による個人差や食生活によっても左右されますが、それでも全体として塩分過剰気味なはず。なのになぜ熱中症が発生するのか。
塩分過剰なのに塩分が足りなくなる原因
先にみたように、日本人の塩分摂取量は推奨基準を大きく上回っています。そのため塩分を控えるように言わるはず。
なのになぜ熱中症を発症するのか。長い間疑問だったのですが、牛久愛和総合病院 からだ情報館を読んで納得。ちょっと長いですが、まるごと引用させてもらいます。
また、熱中症で病院に搬送された方の多くはナトリウム欠乏を起こしている。
したがって塩が足りないから熱中症に陥るのである。非の打ち所のないよう論理のように思えます。
ところが、そこには人体のホルモンによる調節が無視されています。
人体にはレニン=アンギオテンシン=アルドステロン系というホルモン系調節機能があります。これは、塩と血圧を調節するホルモン系です。塩が足りなくなると塩を体内にとどめ、血圧を維持するように働きます。
塩が過剰になると排泄をすすめます。したがって、多量の汗をかいて塩が喪失するような状態になると、このホルモン系が働いて汗や尿から塩を出さないようになるのです。
このことは今から60年前、アメリカの内分泌学者であるコン博士が実証しています。その研究によれば、1日7ℓの汗をかく状態で、1日の食塩摂取を20g、11g、6g、1.9gと減量していった場合、汗と尿への食塩排泄量は徐々に減少し、1.9gでも体内のナトリウム濃度が減少することなくしっかりとバランスが保てました。
また、この研究で減塩後に食塩排泄が減るのは1日から2日遅れることもわかりました。
それではなぜ熱中症患者は塩を喪失しているのでしょうか。
原因は食事です。
炎天下で働く労働者で、熱中症で運ばれてくる方は、水分はしっかり摂っています。
ところが、朝食や昼食を摂っていない方が多いのです。また、ご高齢の方で、熱中症で運ばれてくる方は、暑さのため食欲が減退し、ほとんど食べられていない方が多いのです。
食塩排泄の調節機能が働くのには1日から2日かかるので、急激な食塩摂取量の低下から調節が間に合わずに塩を喪失し、熱中症を引き起こす要因となるのです。
日本人は世界で一番塩を摂取している民族のひとつです。
その他、塩摂取量が極端に多い民族は中国人と韓国人とこの地域に偏っています。この3カ国は全て1日の食塩摂取量は平均10g以上です。
欧米ではおおむね7~9g。ところが、赤道直下のアフリカでは3~5gと極端に食塩摂取は少なくなります。
急に暑くなった時に熱中症患者が増えるのは、身体が追いつかないからと言われます。その一因が、ここで指摘されている塩分排泄調整機能のズレによるもののようです。温度変化の大きい日に気を付ける必要があるということですね。
塩分の許容範囲は個人差・人種差が大きいため、挙げられている数字がそのまま通用するかは分かりません。
積極的予防と一般的な予防がはっきりしない熱中症予防ガイド
熱中症患者の治療には、電解質の補給とすみやかな水分摂取が必要。熱中症の症状が現れた人に対しては治療が優先されるため、一日の糖分・塩分の総摂取が過剰になることは考慮されません(糖尿病患者は別)。あくまで治療行為だからです。
また、熱中症リスクの高い高齢者や幼児であったり、あるいは暑い環境で長時間働く人への指針として、積極的な予防法の周知は必要でしょう。
しかしこまめな水分補給で十分な環境の人なら、むしろ糖分と塩分の総摂取量を気にするほうがいいはず。ところが各省庁から出ているガイドを見ても、その点を詳しく解説しているものが見当たりません。
熱中症対策「だけ」なら、屋外での仕事であろうが一日中オフィスにいる人だろうが、とりあえず電解質入りの飲料を勧めることで「熱中症」に罹る人数は減るでしょう。でも、それでいいのでしょうか?
ドラッグストアでは経口補水液「オーエスワン」が目立つところに並べられ、塩飴やら塩入の商品がズラリ並んでいます。その状況を目にすると、誰しもが塩分が必要と考えかねません。
屋外や冷房の使えない屋内で長時間仕事をする人には電解質の補給は必須。たとえば1時間に1リットルの汗をかく人なら電解質が必要。しかしそこまで汗をかくことはなく、きちんと朝食を摂っている健康な成人なら、こまめに水分を補給していれば十分といった「塩分を摂る必要のない条件」も明記しておく方が混乱しなくていいんじゃないでしょうか。
条件ごとに「予防的に」どの程度摂ればいいかというガイドがないのに、塩製品ばかりが並べられているのを見ると、なんだかねえと思えます。
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