BTSの原爆Tシャツ問題で気になったこと 原爆使用は人道上の問題
原爆Tシャツ(原爆によって韓国が日本から開放されたとするTシャツ)を韓国の音楽グループ「BTS(防弾少年団)」のメンバーが着ていたとして大騒ぎとなりました。
ミュージックステーションへの出演がキャンセルされたことで騒ぎは広がり、さらにナチスを模したコスプレを着たり、パフォーマンスを行っていたことが掘り返され、ユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター(SWC)」により非難されました。
韓国内だけならいつものことだったのかもしれないのですが…折悪しくBTSはアメリカのビルボードでもトップを飾り、海外での知名度が上がっていました。そのため所属事務所が公式に謝罪し、幕引きを図りました。
所属事務所は「原爆被害者やナチスの被害者を傷つける意図はなかった」としていますが、被害者を傷つける意図がないのなら、単に歴史を知らないということを露呈しただけです。
韓国の歴史認識自体に問題があるとしか言いようがない。
と、ここまでは一般論としてメディアでもSNSでも共通で違和感がないのですが、ちょっと気になるのが原爆に対する認識の問題。
原爆は日本人の感情の問題ではない
日本は原爆を2度落とされた国として、特別な感情を抱いています。だから日本人の感情として、原爆Tシャツにむかっとなるのは当然です。
BTSを非難するのも当たり前、なのですが。
ことは「日本人」の「感情論」の問題ではありません。
感情論でないなら何か。
原爆は大量破壊兵器であり、無差別な殺戮をするための武器ということ。民間人も大量に巻き込んで殺してしまうための道具です。
核兵器は非人道的な武器であり、核の使用は非人道的な行為です。
人道上の問題である以上、日本人「だけ」の問題では収まらない。
核兵器の使用は人道上許されないことであり、原爆投下については国籍を問わず批判すべき事柄です。
韓国人も核兵器の使用は許されないと考える「べき」ものです。
故・西部邁風に表現するなら、原爆の使用を批判するのは「マナー」ということ。日本語だと作法。
本音と建前とも異なり、「そうするもの」という位置づけ。
2003年の「イラク戦争」は、大量破壊兵器を所持している疑惑が発端です。結局核兵器は見つからなかったのですが、「核を所持しているかもしれないという疑惑」すら戦争の名分になったという事実がある。
大量破壊兵器の代名詞とも言える核兵器の使用は、なおのこと許されません。
ナチスのものまねをすることが非難されるのも同じく、ナチスが党を上げて組織的に人道上許されないことをしたから。ナチスの罪とは関係のない国の人であっても、人道上の罪を犯したナチスを模したパフォーマンスをすれば非難されるのは当然です。
ばれないところでコソッとしているものまで非難しろとは思いませんが、ヘンリー王子みたいにバレてしまえばアウト。
原爆Tシャツにせよ、ナチスのコスプレにせよ、目につくところでついやっちゃうのは、歴史認識そのものがズレてると考える他ないでしょう。
人道上の罪は、日本人だから、ユダヤ人だから、あるいは韓国人だからといった個別の民族や国の問題ではなく、人間として、ヒトとしての観点から考えるべきものです。
今回の件で歴史認識がおかしいのは自分たちだと韓国人が思うようになればいいのですが…まあ望み薄ですね。
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