絶滅危惧種はどう決められるのか 『ニホンウナギ』を例に考える
絶滅危惧種に分類されてから久しいニホンウナギですが、ウナギの生態研究を行っている「中央大学のウナギ保全研究ユニット」のサイトにこんな記述がありました。
一方でニホンウナギは、個体数は非常に多いのですが、急激に減少していることを理由として、絶滅危惧種に区分されています(Jacoby & Gollock 2014)。
具体的には、適切な個体数レベルを表す指数及び出現範囲、占有面積、あるいは生息環境の減少に基づき、過去3世代の間に個体群サイズが50%以上縮小していることが推定され、縮小の原因が理解されていない(基準A2bc)ために、絶滅危惧IB類(EN)に区分されています。
ニホンウナギが絶滅危惧種のカテゴリー(認定された)根拠を指摘しています。
このエントリーは絶滅危惧のリスク評価の基準(理由)が異なる「ジャイアントパンダ」と「ニホンウナギ」を同列に並べ、そのまま比較してしまったメディアの記事に対する批判として書かれたものです。まったく異なる基準で絶滅危惧種とされた両者を、リスク区分だけをみて比較するのは確かに不適切ではあります。
しかし、これは珍しいことでしょうか。
絶滅危惧種の比較は慎重に
「陸上の哺乳類と水生生物が同じ基準で評価されるわけがない」「生態も保全の仕方も違うんだから基準も違うはず」というのは考えてみれば当然です。しかしメディアでもいちいち理由は記載してしません。報じられるのは「レッドリストに記載された」という結果だけ。
考えてみれば哺乳類と魚類で同じ基準を用いることができないのは当然ですが、「絶滅危惧ⅠB類」という言葉だけを耳にしていれば、同一線上に並べてしまうのもむべなるかな。
少なくとも大手メディアで報道されたものを読んでいるだけでは、絶滅のリスクの「理解」は難しいと思います。
「リスク」という言葉は分野によって範囲が異なったり尺度が違うため、理解そのものがむずかしいところがあります。日常のリスクですら、バイアスがかかるために個人レベルでは適切には評価されないことが多々あります。そこで、絶滅危惧種はどんな基準で測られているのか(カテゴリー分けしているのか)をまとめました。間違いがあったらご指摘いただけるとありがたいです。
絶滅危惧種とは
『絶滅危惧種』は絶滅の恐れのある野生生物のことで、一般的には国際自然保護連合(IUCN)による『レッドリスト』、環境省による『レッドデータブック』に記載されている「絶滅のリスク」のある生物種を指します。
さらに狭い範囲での生物種を評価をした、地域別のレッドリストもあります。日本では環境省の国レベルのレッドブックの他に、都道府県ごとのレッドリストが作成されています。
- 国際自然保護連合(IUCN)
- 環境省
- 自治体(都道府県)
環境省の『レッドデータブック』も『レッドリスト』と呼ばれることもあるので、呼び方はどちらでも構わないでしょう。都道府県では選定したリストを『レッドリスト』、書籍としたものは『レッドデータブック』と分けているようです(一例)。
絶滅危惧の評価は必ずしも一致するわけではなく、機関によって評価が異なるケースもあります。ある地域では絶滅していても、ほかの地域では存在するケースもあります。たとえばチョウザメは日本では絶滅とされていますが、世界では生きながらえている品種もあります。
環境省はニホンウナギを『絶滅危惧IB類(EN) :IA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの』としています。国は「絶滅の危惧」としていますが、長野県のように、県によっては絶滅としているところもあります。
国・自治体のレッドリスト(レッドブック)はいずれも国際自然保護連合の基準を参考にしていますが、レッドリストそのものは、世界・国・地域の3つのレベルのものが地域の事情に応じて作成されています。
絶滅危惧種の種類
国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは、リスクの分類は「カテゴリー」と呼ばれています。環境省のレッドブックもIUCNのカテゴリに準じているため、ほぼ同じ区分として分類されています。
カテゴリー | 略称 | IUCN | 環境省 | 環境省の説明 |
---|---|---|---|---|
Extinct | EX | 絶滅種 | 絶滅 | 我が国ではすでに絶滅したと考えられる種 |
Extinct in the Wild | EW | 野生絶滅種 | 野生絶滅 | 飼育・栽培下、あるいは自然分布域の明らかに外側で 野生化した状態でのみ存続している種 |
Threatened | 絶滅危機種 | 絶滅危惧 | ||
(環境省のみ) | CR+EN | 絶滅危惧Ⅰ類 | 絶滅の危機に瀕している種 | |
- Critically Endangered | CR | 近絶滅種 | 絶滅危惧ⅠA類 | ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの |
- Endangered | EN | 絶滅危惧種 | 絶滅危惧ⅠB類 | IA類ほどではないが、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの |
- Vulnerable | VU | 危急種 | 絶滅危惧Ⅱ類 | 絶滅の危険が増大している種 |
Near Threatened | NT | 近危急種 | 準絶滅危惧種 | 現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては 「絶滅危惧」に移行する可能性のある種 |
Least Concern | LC | 低危険種 | (該当なし) | |
Data Deficient | DD | 情報不足種 | 情報不足 | 評価するだけの情報が不足している種 |
上の表:背景が赤色の Threatened 以下の3種(環境省では4種)が絶滅危惧種にあたります。「絶滅の危機」は、野生種の存続を基準としています。
カテゴリーの基準
絶滅リスクの評価をするカテゴリーを決めるために A から E の5つの基準が定められています。
- A. 一定期間における個体群サイズの「縮小」
- B. 地理的範囲 (出現範囲と占有面積)
- C. 成熟個体の推定値と付帯条件
- D. 個体群サイズが成熟個体の推定数
- E. 野外における絶滅確率の定量的予測値
おおざっぱにくくると、下のような状況に陥った時に絶滅危惧種として検討されることになります。
1.一定期間で数が「減少」した
2.生息域(地理的範囲)が「小さくなった」
3.成体(大人)が一定数以下で「減少傾向」にある
4.成体が「一定数しかいない」
5.将来的に「減少が予想される」
個体数が少ないものが絶滅危惧種に指定されると思われがちですが、個体数の減少速度や生息域が狭まった度合いによっては絶対数が多くても絶滅危惧種となります。つまり個体数が多くても絶滅危惧種に指定されていることもあれば、絶滅危惧種よりも個体数が少なくても絶滅危惧種とみなされないこともあるということです。
冒頭のニホンウナギの区分に戻ります。
占有面積、あるいは生息環境の減少に基づき、過去3世代の間に個体群サイズが50%以上縮小していることが推定され、縮小の原因が理解されていない(基準A2bc)ために、絶滅危惧IB類(EN)に区分されています。
ENの基準 A2bc を見てみます。
危機ENDANGERED (EN)
ここでは国際自然保護連合(IUCN)の「危機ENDANGERED (EN)」の基準を確認しますが、環境省のものもほぼ同じです。
最善の利用できる証拠が以下の基準(A-E)のどれかに合致することを示しており,それゆえ野生で非常に高い絶滅のリスクに直面していると考えられる場合,その分類群は「危機」である。
Aは個体群サイズの「縮小」の条件を記しており、A2では原因が理解されていなかったり、原因が取り除かれていない場合を規定しています。
ENの基準 A2
A1の(a)-(e)のいずれか(特定できること)にもとづき,過去10年間あるいは3世代(そのどちらか長い方)の間に,個体群サイズが80%以上縮小していることが観察,推定,推量,あるいは推論され,縮小やその原因がなくなっていない,理解されていない,あるいは可逆的でないような場合。
A1が参照されているので確認します。
ENの基準 A1
1. 以下のいずれか(特定できること)にもとづき,過去10年間あるいは3世代(そのどちらか長い方)の間に,個体群サイズが70%以上縮小していることが観察,推
定,推量,あるいは推論され,縮小の原因が明らかに可逆的で,理解されており,なくなっている場合:
(a) 直接の観察
(b) 当該分類群にとって適切な個体数レベルをあらわす示数
(c) 出現範囲,占有面積,あるいは生息環境の質のいずれか(あるいはすべて)の減少
(d) 実際の,あるいは想定される捕獲採取のレベル
(e) 導入分類群,雑種形成,病原体,汚染物質,競争者あるいは寄生者の影響
ニホンウナギが絶滅危惧種ENに分類された基準
- (b) 当該分類群にとって適切な個体数レベルをあらわす示数
- (c) 出現範囲,占有面積,あるいは生息環境の質のいずれか(あるいはすべて)の減少
この2項が
過去10年間あるいは3世代(そのどちらか長い方)の間に,個体群サイズが80%以上縮小していることが観察,推定,推量,あるいは推論され,縮小やその原因がなくなっていない,理解されていない,あるいは可逆的でないような場合。
に該当するため、ニホンウナギは絶滅危惧IB類(EN)に分類されたということです。
おおざっぱに表現するなら、「最近ニホンウナギの個体数が急に減ったようだ。しかしその原因は分からない」ために、絶滅のリスクが高いと評価されたということです。原因が分かったところで減り続ければ、絶滅リスクは残ったままとなります。
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