上野千鶴子氏の「平等に貧しくなろう」に違和感があったら「国家はなぜ衰亡するのか」を読むといいよ

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建国記念日の11日の中日新聞に掲載された「この国のかたち」での上野千鶴子氏のインタビュー記事がTwitterで話題になっている模様。その大半が否定的なもの。

https://togetter.com/li/1080097

 

元記事はこちら↓

中日新聞「この国のかたち」
平等に貧しくなろう 社会学者・東京大名誉教授 上野千鶴子さん

この国のかたち 3人の論者に聞く:考える広場:中日新聞(CHUNICHI Web)

 

僕は上野千鶴子氏は好きではないし、このインタビューでの結論には異論はあるけれど、物議を醸すような内容ではないと思う。で、本題に入る前に、20年ほど前の本からの引用を。

 

われわれ日本人はいま、衰亡論と聞けば、どうしても「後ろ向きな議論」だと思いがちである。しかし、これこそが実は衰亡の真の証と言わねばならないのである。その社会が活力を精神面でより顕著に失ったとき、振り払おうとしても澎湃と沸き起こってくるのが「衰退への恐れ」だからだ。逆に自らが衰退の「兆し」を見せたとき、まずその可能性に正面から立ち向かおうとする場合、それはまだその社会に活力が残っている証拠なのである。

「なぜ国家は衰亡するのか」中西輝政,PHP新書,1998,pp30

 

上野氏のインタビューの骨子は、この先待ち受けている人口と経済の縮小にどう対処するのかという、いわば衰亡論。言いづらいことを正面から論じているものに対し、条件反射的に反発するのは、中西氏の指摘する「衰退への恐れ」でない?

 

「この国のかたち」インタビューのポイントは3点

上野氏の「この国のかたち」インタビューのポイントは3点。

  • 自然増での人口維持は見込めない
  • 人口を維持するには移民しかないが難しいだろう
  • 移民受け入れが無理なら人口減少と衰退を前提に考えるべき

それぞれについて考えてみる。

 

1.自然増での人口維持が見込めない

安倍(晋三)さんは人口一億人規模の維持、希望出生率一・八の実現を言いますが、社会学的にみるとあらゆるエビデンス(証拠)がそれは不可能と告げています。

 

もっと子育てしやすい環境を構築すべきだ、という議論はあるにせよ、10年20年の単位での人口増は難しい。

これに対する異論はなさそう。

 

2.人口を維持するには移民しかないが、日本では難しいだろう

「人口維持のための移民受け入れが難しい」は、割と反発があるよう。

「移民受け入れが難しい」の根拠は2点あって、

  • 客観的理由「世界的な排外主義の波にぶつかってしまった」
  • 主観的理由「単一民族神話が信じられてきた日本人は多文化共生に耐えられないだろう」

今でも単一じゃない、という反論はあるのは当然。今でも地域によっては特定の国籍の人が集まっていたりするわけで。

それは前提として、人口を維持できるほどの移民受け入れは難しいだろうという主張。人口に影響をあたえるほどの人数だと、質的な変化が生じる。

客観的な理由である世界的な排外主義とは、おそらく「移民は職を奪う」「治安を乱す」といったもの。記憶にあたらしいのはドイツの例。

 

主観的理由の「単一民族神話が信じられてきた日本人は多文化共生に耐えられないだろう」には僕は同意しないけど、考え方次第なのでそういう結論もあり。多文化って、結構大変。

 

3.移民受け入れが無理なら人口減少と衰退を前提に考えるべき

移民受け入れが難しいなら、衰退を前提に政策を考えるのはむしろ前向きな考え方と言っていい。

日本は人口減少と衰退を引き受けるべきです。平和に衰退していく社会のモデルになればいい。一億人維持とか、国内総生産(GDP)六百兆円とかの妄想は捨てて、現実に向き合う。

 

貧しくなるってどういうことだろう

貧しくなれば、ひどければ破綻自治体と同じようになる。そうでなくても終末医療がカットされたり、限界集落への補助がなくなったり、ということは起こるだろう。

経済規模が縮小すれば政府の予算もカットされるので、当然ながら行政サービスは低下する。だからこそ、具体的にどう貧しくなるか、は重要なこと。きちんと議論されていいはず。

 

なぜ「『平等に』貧しく」なのか

「みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい」の真意は当人に聞かなければ分からない。

ただ、上り坂より下り坂は難しい。どう犠牲者を出さずに軟着陸するか。

けれど、幸福は相対的なものなので、貧しくなるやり方、というものがある。

例えば同じ地域で収入に格差があれば不幸に感じるが、収入格差が小さい地域では、国平均の収入より低くても不幸に感じる度合いは小さいという研究がある。

http://karapaia.com/archives/52110217.html

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4041613/

 

国平均よりも多くの収入を得ていても、さらに裕福な層の地域に住むと不幸に感じるし、平均収入よりも低くても周りも同じくらいの家庭が多ければ不満は大きくはならない。幸福は相対的なものなので、「平等に貧しく」というのは重要なポイント。

一方で上野氏は「日本には本当の社会民主政党がない」と、平等に貧しく、という考え方も難しいことは指摘している。

 

右肩上がりの経済成長期に中間層が増えたのはイギリスもアメリカも同じ。問題は伸びなくなった時にどうするか。成長している時期にはおざなりにできたことも、低迷すればより大きな形で問題になる。「どう犠牲者を出さずに軟着陸するか」はまさにこのことを指摘しているのだろう。

僕は日本人がおとなしいとは考えていない。日比谷焼打事件や、戦後のきな臭い事件を鑑みると、閾値を超えれば暴動とまではいかずとも、治安は不安定になるだろう。場当たり的な方策はハードランディングに直結している。軟着陸させるためには経済縮小の可能性も考慮しておくべきだと思う。

 

衰退する国家の特徴とは

最初に触れた「なぜ国家は衰亡するのか」には20世紀初頭のイギリスの社会情勢が描かれているので、いくつか挙げてみる。

  • 海外や海上での仕事への関心が薄れる
  • 海外旅行のブーム
  • 博覧会・スポーツの試合・催し物に熱中
  • 文字よりもマンガ
  • 健康への異常な関心
  • ポピュリズムの猖獗

この後に来たる第一次世界大戦後に国力を失い、そして大恐慌に見舞われた。そしてそれまで増えた中間層には格差が生まれ、階級社会に回帰した、とある。大恐慌は当時としては手の施しようがなかったろうから、そこを持ち出すのはどうなんだとは思う。

「英国病」がはっきりとした形で現れたのは1960年以降。20世紀初頭からだと2度の世界大戦でインドを失ったり、福祉を充実とさせたといった要素もあるので、ここで挙げられている例を衰亡前の現象と言うには期間が離れている、という意見もあるかもしれない。

けれど「なぜ国家は~」が書かれたのが1998年。20年を経て日本の状況は変わったのだろうか。20年後にはどうなっているだろうか。

 

経済が縮小せずに済むならそれにこしたことはない。子育てがしやすい環境をつくるために、出生率が上がる方策を考えることは必要。しかしそれもなかなか難しい。ならば衰退を避けるために移民を受け入れる、それが無理なら否応なくやってくる経済の縮小については考えておくべきだろう。

 

そんなことを念頭に置きながら「なぜ国家は衰亡するのか」を読んで、上野氏のインタビューを読み返したら、多少印象が変わるはず。

 

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